
鍼灸の施術にはさまざまな技法がありますが、その中でも「直接灸(じかきゅう)」は、現在の臨床ではあまり一般的とは言えない方法のひとつです。艾(もぐさ)を皮膚に直接置いて火をつけるこの方法は、皮膚表面に小さな熱刺激を与えることで、局所に炎症反応を生じさせます。
近年の施術現場では、より快適で安全性の高い間接灸や温熱機器が選ばれることが多く、直接灸を実施する院は限られています。とはいえ、直接灸がもたらす生理的変化について知っておくことは、施術者としての視野を広げるうえで大変意味のあることです。
〇小さな炎症が引き起こす修復のメカニズム
直接灸の熱刺激は、皮膚やその周囲の組織に軽度の損傷を与えることがあります。こうした微細な炎症に対して、身体は自然と修復反応を起こします。この過程では、マクロファージや各種のサイトカインが集まり、組織の修復や再構築を進めようとする動きが始まります。
その過程のひとつに「血管新生(angiogenesis)」と呼ばれる現象があります。血管新生とは、新しい毛細血管が作られるプロセスであり、損傷部位への酸素や栄養供給を助ける役割を果たします。直接灸によって局所の血流が変化するという報告もあり、この反応を通じて組織が新たに整えられていく可能性も考えられています。
〇「若返り」とは何を指すのか
「若返り」という言葉は、主に美容やアンチエイジングの文脈で使われることが多くなりました。一般的には、肌のハリが戻ったり、血色がよくなったりといった変化を指して使われますが、医学的には血流の改善や細胞の活性化といった、生理的な変化が背景にあるとされています。
このような変化は、熱刺激に限らず、鍼刺激や徒手療法などによっても引き起こされることがあります。つまり「若返り」という現象は、ある特定の技法によるものではなく、身体そのものが本来持っている再生力が表に現れた結果とも言えるでしょう。
〇受け継がれてきた知恵の中に
直接灸を行う機会は今では限られていますが、かつての鍼灸師たちは、日々の施術の中で、組織の再生や血流の改善といった反応を経験的に捉えていたのかもしれません。そう考えると、現代になって「若返り」や「アンチエイジング」が注目されている背景には、すでに私たちが長く扱ってきた施術の根本的な価値が関わっているとも言えそうです。
特定の技法を推奨するわけではありませんが、昔から続く伝統的な手法の中にも、いま見直すべき視点や示唆が含まれているのではないでしょうか。臨床の現場で目の前の患者に向き合うとき、その「回復する力」の仕組みにあらためて目を向けてみることも、施術者としての成長につながるかもしれません。